【感想】悪人狩り/麻耶雄嵩

悪人狩り

特にすぐれた物品につける特定の名。「銘を付ける」

https://dictionary.goo.ne.jp/word/銘/

銘探偵

特に優れた探偵であること。探偵を代表する呼称。 byともり

前作の『メルカトルかく語りき』から10年。ついに待ちに待った、銘探偵メルカトルシリーズの最新刊が発売されました。

ぽつぽつと単行本未収録だった作品も掲載され、メルカトルシリーズのファンブックのような形になっています。

ひとつひとつ感想言っていきましょうかね。

愛護精神

1997年にメフィストに掲載された作品で、今回が単行本初収録。犬の不審死という小さな事件が殺人に発展する、ひねくれたメルカトルシリーズには珍しい素直な作品。結末に不幸が降りかかることが多い美袋は、今回もメルの意味深なひとことで心配事がさらに増えてしまいました。

水曜日と金曜日が嫌い

本作は、新本格ミステリの著名作家が勢揃いした『7人の名探偵』に掲載されていた作品。

山中で迷子になった美袋は、命からがらとある屋敷にたどり着く。(美袋はよく迷子になるイメージ)

美袋が訪問した時節はちょうど、館の主、大栗博士の4人の養子が1年ぶりに集う日。彼らのうちの一人が「ファウスト」に見立て殺され、被疑者となった美袋はメルに助けを求めます。

山中の屋敷、変わった家族、ファウストの見立て殺人とくれば一大長編が展開されてもおかしくありませんが、「残念ながら私は長編には向かない探偵なんだよ」とメル自身が発言している通り、さっさと関係者を集めて「馴染みの喫茶店でコーヒーを頼む」かの如くあっさりと事件を解決しています。

自らを「銘探偵」と称すメルは、それゆえ即座に事件の謎を看破してしまうため、ミステリとして短編にならざるを得ない業を背負う、なんともメタメタしい探偵です。

唐突に犯人が双子というのは、実に麻耶らしい真相だなぁと思いました。
ミステリではタブー的に扱われることが多い一卵性双生児。隠し子の存在はほのめかしていますが、それが一卵性双生児だと、途端に「それあり?」と一瞬納得いかない気持ちになります。ですが手がかりをもとに考えると「ぐぬぬ、反論できない……」と納得せざるを得ず、唐突にミステリのタブーに踏み込んでくるところに、麻耶みを感じる作品でした。

そしてシリーズ史上、もっとも悲惨な結末を美袋は迎えることになります。麻耶はどこまても美袋にドSです。

余談ですが、『7人の名探偵』版ではタイトルが『水曜日と金曜日が嫌い ー大鏡家殺人事件ー』となっているところ、今回の収録では「ー大鏡家殺人事件ー」のサブタイトルが消え、舞台も「大鏡家」ではなく「大栗家」と修正されていました。

不要不急

「水曜日と金曜日が嫌い」の後日談と思われるショートショート。コロナ禍で自粛するメルと美袋のやり取りにほのぼのするお話。メルシリーズは(とある事情で)時系列が分かる話はしないのかと思っていたので、こういう時事を取り入れるのは意外でした。

名探偵の自筆調書

『IN★1997年8月号』に掲載されこれまで文庫未収録となっていたショートショート。存在は知っていたものの読む機会がなかったところに、本作に待望の初収録となりました!!雑誌版では美袋のサインが記されていたようですが本作にはない模様。残念……。

「美袋くん。なぜ屋敷で人殺しが起こるか教えてあげようか」

この一言を皮切りに、屋敷で殺人が起きやすい理由を淡々と語るメル。ここからあの事件に繋がると思うとエモいです。

最後の「君も私が殺したがっているように思えたからさ」は誤植っぽいですが、ここまで修正されていないのは何か意味があるのでしょうか。
この作品が麻耶雄嵩ではなく美袋三条名義ということを考えると、美袋がこの部分だけ、メルのセリフのつもりで自分の隠れた気持ちを書いてしまったとか?

「君(メルカトル)も私(美袋)が殺したがっているように思えたからさ」


つまり、「私(美袋)はメルを殺すつもりはないんだけど、無意識下ではそうしたがっているように思う。君(メル)もそれを感じているんだろう?」ということかしら。
苦しい。。けど、無意識にメルを殺そうとした美袋の前科を考えると、さもありなんという気もする。

囁くもの

別々の理由で鳥取まで来たというのに、結局一緒に行動する仲良しなメルと美袋が微笑ましい一作。

この事件では「銘探偵メルカトル」の「銘」ぶりが際立ち、何かから啓示を受けたようなメルの奇行により、事件前の登場人物の行動が制限され、結果的に犯人が特定されます。

普通のミステリで作者がやるような、登場人物を動かして論理的に犯人が特定できるような状況を作り出す役目を、メルカトルが担っているようなイメージです。その意味で彼は一歩作者側というか、神に近い視点に立っているのかもしれません。

メルが面白くもなさそうな依頼を引き受けたのも、美袋から鳥取が舞台のドラマの話を「囁かれた」からだったりして。

「囁いた」のは作者である麻耶なんでしょうが、麻耶作品を読んでいると、容疑者だけでなく探偵やワトソンの主要キャラクターも麻耶の操り人形なんだなと思い知る瞬間があります。作風がメタミステリに寄っているからでしょうか。特にメルカトルは、蒼鴉城で死ぬ運命を知っているだけに、より一層操り人形感が強い気がします。

メルカトル・ナイト

なぜだか、ミラーボールの下でダンシングするメルカトルをイメージしたタイトル。(ダンシングはしなかったけどうまいタイトルでした)

話のテンポがよく結末の意外性もあり、イジられる美袋ほほえましい、とてもバランスのいい作品でした。メタミステリ的な見方を除くと、この短編集の中で一番好きです。

誰かに脅迫されていることを相談しにメルカトルの事務所にやってきた女性作家。毎日送られてくるトランプが何かのカウントダウンのように思え、彼女はメルに自身の身を守るよう依頼するのですが、この「トランプによる脅し」というのが、物語として実に絶妙なラインでお見事でした。

天女五衰

美人に滅法弱い美袋くん。今回は湖畔で見た天女に恋します。

メルカトルシリーズ、美袋が行動する先に事件が起きるパターンが多いんですよね。今回も、湖畔を散歩しようとした美袋にメルが付いてくる(仲良しか)ところで事件が展開します。(メルが裏で策を弄して美袋を事件に向かわせてるのかもしれませんが……。)事件を呼び寄せる体質のワトソンも、銘探偵には必要なのかもしれません。

天女堂でトランクを開けていれば、牧は死なずに済んだかもしれないと気に病む美袋。トランクを開けるのを止め、牧に犯人の殺意を仕向けるきっかけを作ったのがメルだと気づいた美袋は、牧が死んだのはメルのせいだと言わんばかりの様相。(おいおい)それに対してメルは、「もし更に危険な牧が現れなければ、犯人の殺意は君に向けられていたかもしれないんだぜ」という。言い換えれば、「美袋が助かったのは、犯人の殺意が牧に向くよう仕向けたからだ」とも取れる。何かに「囁かれ」ているメルのこと、そんな「神様みたいな芸当」もできますよね……?

メルカトル式捜査法

病気とは無縁なメルが救急車で運ばれるという驚きの場面から始まる本作。退院後の療養も兼ねて、乗鞍高原の別荘への招待を受けることにしたメルと美袋。まだ本調子じゃないのか、別荘に着いても普段では考えられないミスを連発するメルカトル。そんな中、別荘の持ち主とその大学時代の仲間たちの間でくすぶっていた種が火を噴き、殺人事件が起きます。

『悪人狩り』随一の問題作であり、メルカトルシリーズの中で最も新しい短編です。

問題作の理由は、タイトルの通り「メルカトル式捜査法」が、作中の容疑者や警察と同じく読者も口をあんぐり開けて困惑してしまう類のものだから。もちろん正統な捜査法ではありません。「銘探偵」にしかできない、メルカトルにしかできない捜査法。いえ、メルカトルだから、麻耶雄嵩だから許される捜査法という感じでしょうか。

さすがミステリの極北を行く作家……。

問題作しかいない、前作の『メルカトルかく語りき』の作品群に匹敵する破天荒ぶり。そんな破天荒な作品にまた出会えて、わたしはとてもうれしいです。

メルカトルの数々の不調に、「もしかしてこのメルはメルの跡を継いだ烏有なのでは?美袋なら新たなメルも何も言わず受け入れかねん」などと疑りながら読んでいたら、それを手掛かりにしてくるとは、銘探偵ここに極まれり。
最初はメルの推理にあんぐりしていた容疑者と警察が、だんだんメルの推理を受け入れて反論しなくなるのが面白かった。

冷静に考えれば全然犯人を特定できていないけど、銘探偵メルカトルが語る言葉は絶対。
何故なら、探偵として事件を解決することを運命付けられた存在なのだから。
そのためなら時空も論理も歪めよう。

そしてあのラスト。理解の範囲を超えた推理に呆然としているところに、ギャグのように畳みかけられるラストにさらに読者はあ然として、今まで読んできたこの世界は一体何なのかという混沌に陥るのです。

(これがカタストロフ……!!)

いやー、楽しかった!メルカトルシリーズはやっぱりいいなぁ。。

次はまた10年後かな。。麻耶先生楽しみにしています。

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