【感想】紅蓮館の殺人/阿津川辰海

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紅蓮館の殺人の感想です。(途中からネタバレあり)

著者の阿津川辰海は1994年生まれの東大ミス研出身。2017年デビューの若手作家。現在27歳。これまで、最新作の「蒼海館の殺人」を含めて4作の長編と1冊の短編集を出版しています。1年に約1本のペース。そのどれも、ミステリファンの間で話題になっている作品ばかりです。

「紅蓮館の殺人」は、2019年に講談社タイガから出版された館シリーズ?の一作目。「〇〇館の殺人」と名付けるということは綾辻行人の館シリーズを意識しているのでしょうね。本格ミステリとしての自信のほどをうかがわせます。

あらすじ

山中に隠棲した文豪に会うため、高校の合宿を抜け出した僕と友人の葛城は、落雷による山火事に遭遇。救助を待つうち、館に住むつばさと仲良くなる。だが翌朝、吊り天井で圧死した彼女が発見された。これは事故か、殺人か。葛城は真相を推理しようとするが、住人や他の避難者は脱出を優先するべきだと語り――。タイムリミットは35時間。生存と真実、選ぶべきはどっちだ。

https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000324075

ネタばれなし感想

舞台となるのは、文豪が建てた山奥の館。その館には、あらすじに登場する吊り天井や隠し通路など、数々の奇妙な仕掛けが隠されています。綾辻行人の館シリーズほどの奇想天外な館ではありませんが、ミステリ好きとしては心躍る設定です。

そんな奇妙な館に住む少女、つばさが、落下した吊り天井に無残に押しつぶされた状態で発見されます。殺人か事故か。殺人だとしても、館の周りは山火事で逃げ場がない状況。

こういった山奥の館を舞台とした場合、警察が介入できない陸の孤島を作り上げるため、嵐や雪で閉じ込めてしまう手法がベターです。そこを山火事で動けない状況にしてしまうのは独自性があって面白いと思います。外部の自然の脅威と内部の殺人者の脅威。生存のための隠し通路の捜索か、殺人事件の真相究明か、館の住人と避難者は選択を迫られます。

そんな中、真相に近づくべく奮闘するのが、高校生探偵葛城とそのワトソン役の田所。

葛城は「嘘に敏感」で人の嘘を見抜くことができ、正義感が強い上に「探偵」という生き方を全うしようとする真っすぐなキャラクター。山火事の脅威が迫る中でも、真実を求めて事件の真相を探求し続けます。

ミステリとしての印象を挙げると、作品全体に丁寧に伏線が張られていて好感が持てます。わかりやすいヒントも多々あるので、一つ一つを拾って推理を組み立てていけば、読者もなんとなく真相に近づくことができそう。

葛城の推理は、厳密にロジカルと言い難い点もありますが許容範囲。他の可能性をつぶしていった結果、誰の目にも明らかな結論が現れる場面は鮮やかです。

事件の構造は結構複雑で、吊り天井に押しつぶされた少女の事件の背景には、過去に起きた事件や登場人物の様々な思惑が絡んでいます。そこから頻発する不可解な出来事がまた話をややこしくするのですが、少しずつ糸をほぐすように謎を解決して次へ進むので、途中で混乱したりだれたりするようなこともなく、最後まで面白く読めました。

また、この作品の肝になっているのが、探偵葛城と、探偵飛鳥井のバトル。

バトルといっても推理合戦をするわけではなく、探偵として真相究明にこだわる葛城と、その虚しさを説き脱出を最優先しようとする飛鳥井との、正義とは?という探偵の根源に関わるバトルです。(飛鳥井はその昔、ある事件をきっかけに探偵をやめてしまいました。)

なんとミステリファンが好きそうなテーマ。

探偵という生き方を全うする葛城と、探偵という生き方を捨ててしまった飛鳥井。彼ら二人(+ワトソン役の田所君)が、この事件を通して各々どんな結末を迎えるのか見ものです。

阿津川辰海は紅蓮館の殺人が初読でしたが、この作品だけでも、彼の作品がいつも話題になる理由がよくわかる気がします。ライト層とマニア層のどちらにも刺さるんですよね。メタミステリ的な要素もありつつ、作中に丁寧に張られた伏線をもとに謎が解かれていくので、しっかりしたロジカルな推理を一緒に楽しめる。

デビュー作の「名探偵は嘘をつかない」も面白そうだな~と思いつつ早数年。心の積読にはいつも積んであるんですがね。。

以下、ネタバレありの感想です!!

ネタバレあり感想

まず、メインの吊り天井のトリックですが、よく考えられていると思います。

吊り天井の上部に秘密がある仕掛けは逆転の発想で面白かったし、どこでつばさが圧死したか誤魔化すトリックも、殺害した犯人と死体を偽装した犯人が別だから、という必然性があっていいなぁと思います。(2回もつぶされたつばさは可哀想ですが、、)

吊り天井を斜めにおろしたときに現れる本棚の演出は効果的ですね~。こういった物理的な仕掛けが館ものの醍醐味ですね。ワクワクします。

話の進みとしては、館にいる人物の過半数が犯罪者という点が肝。それによって、早々に飛鳥井が真実を皆に明かすわけにはいかず、「全員で協力して脱出する」という方法をとることになりました。その犯罪者たちが、第二章の終わりに次々と正体を明かされる場面がいいですね。誰もかれも芝居している茶番劇の様相を呈してきます。

前にも書いたとおり、トリックは凝っていて謎解きも論理だっていると思います。ただ、トリックを成り立たせるためなのか、設定として「?」に思った部分もあり。吊り天井が落ちたことを誰も気づかなかったのはなぜ?とか、停電中の暗闇の中、飛鳥井がつばさに施された飾りつけや血の処理までできたのはなぜ?とかね。

あと、葛城の推理の中でどうしても理解できなかったのが、匂い袋の件。事件に使われた匂い袋の匂いが消えていたなら、つばさから匂いがしなかったのは当然で、どうして消臭剤をまいたって言えるのでしょうか。すでに消失したものを存在していたと証明するには、もっと確実な根拠が欲しかったところです。

とまぁ、細かいところで気になった点はいくつかありましたが、本格ミステリといえどクイーンばりのロジカルさは必ずしも必要ないと思うので、個人的には十分許容範囲です。

ロジックがキラリと光っていたところとしては、美登里の絵が飾ってあった額縁に残った煤から、「絵を設置した人物は片手でカバンの持ち手を握りしめていた」という結論を導出したところ。片手にだけ煤がつく状況って可能性だけで言えばいろいろありそうですが、作中の場面で考えると、確かにそこしかないよなぁと思います。

こんな感じで、トリックや推理といったミステリの骨格としては好きな作品なんですが、少し苦手だったのが登場するキャラクターたち。全員が、少しずつキャラクターが大げさな感じがして。

特に探偵の葛城君ねぇ。。ちょっとなぁ、物語上仕方ないんだけど、言動が子供っぽいんですよね。

(真実に)納得したい、納得できない、納得したくない、、ってその時々でスタンスがバラバラで、「自分の正義感と照らし合わせて許せることしか受け入れない」って印象を受けました。ぶっちゃけ価値観が狭い。飛鳥井の葛藤も苦しみも理解することなく、「僕は納得できない」って一方的に否定するのはちょっと身勝手すぎるのでは。

まだ高校生だと考えればそれも致し方ないのかもしれませんが、探偵役としては魅力に欠けるのが正直なところ。

第三部まではそう思っていて、葛城のことどっちかというと嫌いだった(笑)のですが、最後のエピローグで、葛城がこういう未熟なキャラクターな理由が分かった気がします。

エピローグで、飛鳥井は、事件が起こったきっかけは葛城にあること(つばさが葛城に気に入られようとして吊り天井の上に登ったこと)を明らかにして葛城を追い込みます。葛城(とそばにいた田所)は、その真実を知り、自分たちがこれまで求めてきた「全てを解く」という行為は、同時に「自分を含めた全てを壊す」行為に他ならなかったと気づきます。

そうやって、二人のプライドとアイデンティティはズタズタになります。カタストロフィよろしく、二人が今まで信じていたものが脆く崩れ去ってしまいました。

だけど、これはまだ序章。ここからが探偵葛城の幕開けなんだろうと思います。人としても探偵としても未熟な葛城&田所ペアが、飛鳥井によって全てを壊された結果、どうやって次の事件の幕を開けるのか。(はたまた開けずに折れてしまうのか)

そうして次につながるのが、次作の「蒼海館の殺人」ということですね。

葛城と飛鳥井が論じていた「探偵という生き方」についても、このシリーズを通して、徐々に答えが見つかっていくのだろうと思います。葛城が苦手だったので次作を読もうか迷っていたところですが、エピローグから葛城がどんな成長を遂げるのか気になったので、きっと次作も手に取るような予感がします。

以上、紅蓮館の殺人の感想でした。

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