憂鬱と哲学(後編)

前回のおさらい

ときどきやってくる憂鬱の正体が知りたい。

はい、前回の記事では、何かと人生についての悩み事が多くなる20代後半から30代前半、わたしと同年代に向けて、ソクラテスの哲学をご紹介しました。

ソクラテスの倫理感をおさらいすると、「人生の重要な問題を解決するための鍵は、自分の内側を探究し続け、自分にとっての『善く生きる』を探すこと」であり、常に自己の内面と向き合い続けることをの重要性を説いています。

これはひいては、「生き方」なんて大きなテーマになってきそう。「自己の内面を磨いて『善く生きる』を探す」という生き方。

そんな「生き方」というものを考えたときに、内面への探求に重きを置くソクラテスの教えと、少し違う視点を与えてくれたのがこちらの本です。

共感とは

突然ですが、「共感」ってなんだろう。

先に言っておくと、「女性は会話に共感を求める!」って文脈で使われるような「わかるわかる〜」ってレベルではないことをお断りしておきます。

この本では、共感について、「他人の靴を履く」という表現をしています。

他人の靴を履く??臭そうだし水虫がうつりそう……っていうのは置いといて、この本でいう共感の意味とは、「想像上で他人の靴を履いて、その感触をもって世界を見る」ことになります。つまり、本当に相手の立場や状況、感情をその人になったつもりで理解し、その人の目線で世界を見るということ。

その「共感」は私たち人間の本質であり、豊かな人生を送るには自己の探究と同じくらい重視すべきことと著者は説きます。

内省の落とし穴

「他人の目線で世界を見る」。共感というのが、自分の外に目を向ける、かなり外向きな考え方だということがわかるでしょうか。ソクラテスが説いた「内省」することの大切さとは、一見して真逆の概念のようです。

事実、本の導入部分では、「内なる自身を見つめて自分の感情、経験、願望に集中することが良いこととされてきた個人主義的哲学のおかげで、よき人生はほとんどの人に届けられなくなってしまった」と内省することを批判しています。ちょっとちょっと、ソクラテス先生の話と違うじゃない。

ソクラテス的な哲学だけでなく、フロイト教義に代表される「自己の内面に幸福を求める個人主義的な考え方」が、逆に多くの精神的な問題を生み出していると著者は主張します。

以下の引用は、その主張の要約です。

精神分析医のフロイトは、内面を探求することで人格的な諸問題を解決する心理療法を生み出した。後にそれはフロイト教義として広く普及し、ここから端を発して、自分の内側に目を向ける自己啓発や幸福に関する本が書店の膨大なスペースを占めるようになった。それにもかかわらず、多くの人は自分の人生から何かが失われていると感じ、現代のヨーロッパとアメリカのおよそ4人に1人は、生涯のいつの日か精神的な健康問題を経験する。

うーん、たしかに、ソクラテス先生が言っていてような自分の内側を探求し続ける作業っていうのは、答えがない分苦しいかもしれないねぇ。

それに何より、内省を続けることの一番の問題は、自分の内側にすべての答えはないということだと思う。

そりゃそうだ。自分の中に答えがないから悩むわけで、その解決法が自分の内側を見つめ続けることだなんて、殺生なことをおっしゃる。ない袖はふれやしませんよ。

じゃあどうすりゃいいんだい?

大事なのは、内と外のバランス

そんなお困りのあなたに、はい、「共感」!(テレビショッピング風)

先に述べたように、共感とは自分の外側に目を向ける外向きな考え方です。

自己の内面に目を向けるだけじゃなく、外の世界にも目を向けるバランスが大事なんですな。

「豊かな人生を送るには自己の探究と同じくらい重視すべき」と述べているように、著者は決して、内省を否定しているわけではありません。

外の世界には、自分とは異なるたくさんの生活、文化、価値観があって、それらをあたかも自分の経験の一部のように取り込むことで自分の内面を変化させていく。

そのための手段、第一歩が、「共感」という技術なんですね。

こんなに長くて面倒くさい記事を読んでくれているあなたは、おそらく本が好きな方でしょう。

本の中でも、小説をはじめとする文学作品に触れることこそ、共感の結果を自己に取り込む、最もわかりやすい例かもしれません。

ある登場人物の気持ちを自分のことのように感じ理解した結果、その人物の思考や価値観に影響を受け、自分の中の思考や価値観が変化した経験はないでしょうか。

普段は意識しなくても、私たちは周りのいろんなものから影響を受けて、自分の考えを少しずつ変化させています。

それをもっと積極的にやって、いろんな考えを自分の中に取り込んで人生のあらゆる問題を解決していきましょ、そのためには共感という能力を育てましょう、というのがこの本の趣旨。

共感と内省はまったく逆の主張じゃなくて連動している。そのイメージが下のイラストです。
(挿絵のイラストをぱくってからインスパイアを受けて描きました)

共感と内省のイメージ

まとめ

悩んでる時って自分の内側にばかり目を向けがちだけど、そういう時こそ外に目を向けていろんな価値観を取り込んでみるようにしたらいいんだと思う。

自分の中だけに答えはないんだから。誰かの眼差しを通して世界を見て、自分がどう感じるのか実験です。嬉しいのか、嫌なのか、楽しいのか、悲しいのか。そこで得た感情は、自分の中にどんな変化をもたらし、どんな価値観を生むのだろう。

外から得たものを内に取り込むこの一連の循環、ソクラテス先生風に言うならば「隣人を知れ、そして汝自身を知れ」と言うことでしょうか。

アラサーって悩み多き年ごろよね、というところから始まり、ちょっと哲学チックにこの問題に向き合ってみよう!ということで前編後編でお送りしました。

同じ気持ちを抱えている方に、少しでも共感(一般的な意味で、笑)してもらえたら嬉しいです。

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