【感想】七つの海を照らす星/七河迦南

七河迦南の「七つの海を照らす星」感想。再読です。

最近、同じ著者の「夢と魔法の国のリドル」を読もうとしたのをきっかけに、この作品を思い出して久しぶりに読みたくなりました。結構内容忘れてるなぁと思いながら、初読時の感想の日付を見るとなんと7年前。

さすがに7年経つとほぼ内容を忘れていて、かなり初読時に近い感覚で楽しめました。

途中からネタバレありです。未読の方ご注意ください。

あらすじ

児童養護施設の群像劇から浮かび上がる「大きな物語」

様々な事情から、家庭では暮らせない子どもたちが生活する児童養護施設「七海学園」。ここでは「学園七不思議」と称される怪異が生徒たちの間で言い伝えられ、今でも学園で起きる新たな事件に不可思議な謎を投げかけていた。

孤独な少女の心を支える“死から蘇った先輩”。非常階段の行き止まりから、夏の幻のように消えた新入生。女の子が六人揃うと、いるはずのない“七人目”が囁く暗闇のトンネル……七人の少女をめぐるそれぞれの謎は、“真実”の糸によってつながり、美しい円環を描いて、希望の物語となる。

繊細な技巧が紡ぐ短編群が「大きな物語」を創り上げる、第18回鮎川哲也賞受賞作。

七つの海を照らす星 – 七河迦南|東京創元社 (tsogen.co.jp)

デビュー作にして覆面作家と疑われるほどの完成度

本作がデビュー作の七河迦南、発表当初は「中身ベテランの覆面作家では?」と話題になったそうです。

それも納得なのは、まず、文章が年季の入ったベテランそのもの。心地いいリズムで読みやすく、時折現れるセンチメンタルな場面描写は詩的で瑞々しい。余分な装飾やひねった言い回しがなく、驚くほどするすると読み進められます。文章だけでも、いろんな作家を読んできた中でトップレベルに好きです。

舞台は児童養護施設の七海学園。本作は、そこで起きる不可思議な謎を追う短編の連作になります。

物語の中心人物は、若手保育士の北沢春菜。

子供たちから「はるなちゃん」と親しまれ(なめられ?)ている彼女。彼女の子供たちに対する姿勢は、真剣でありながらフラットで、いい意味で必要以上に子供たちにのめり込まないあっけらかんとした性格。

児童福祉という重い題材の本作。作中には戸籍がないなどハードな生い立ちの子が登場する一方で、だからといって社会派っぽくないのがこの作品の不思議なところ。対等に子供たちに接する春菜ちゃんの目線が、そのまま読者の目線になっているからこそのバランスかなと思います。

七海学園にまつわる不思議な出来事の謎を解く探偵役は、児童福祉司の海王さん。大らかな性格で優しいバリトンの声、子供たちの話をちゃんと聞いて寄り添う「お手本のような大人」。

七人の少女をめぐる不可思議な謎は、海王さんの推理によって新たな希望の物語に再構築されます。

再構築された物語が本当に真実かはわからない。けれど、そんな物語もあるということが、少なくともその子にとっての希望になる。この、謎を論理で解き明かしたときに現れる閃光のような希望が、「七つの海を照らす星」最大の魅力のように思います。

ミステリとしても完成度が高すぎる

次に、ミステリとしても完成度が高すぎる件について。

先にも書いたように、舞台設定だけ見ると社会問題への提起を重視した社会派ミステリっぽい作品ですが、間違いなく謎と論理を重視した本格ミステリです。

物語の背景となる児童福祉に関する記述は最小限に留めつつ、謎を解くために必要な情報はしっかりと提示されています。何気ない描写、やり取りの中に巧妙に隠された伏線を丁寧に拾って、想像力を膨らませるとたどり着く真実。

さらに、一連の群像劇の中にはもっと大きな謎もあって……。

謎の仕掛け方、伏線の貼り方、結末の意外性、もう完璧。ネタバレなしだとふわっとしたことしか言えないのが苦しいですが、本当にすべてが素晴らしい。

初読のときも再読のときも、これが新人作家って、うそでしょ??って思っちゃいました。

続編もあるよ

「七つの海を照らす星」ネタバレなしの感想でした。

ミステリとしてはもちろんのこと、純粋に物語として完成度が高い。読んだ後の幸福感と満足感が果てしないので、多くの人にお勧めしたい一冊。

続編もあります。「七つの海~」同じく七海学園を舞台にした「アルバトロスは羽ばたかない」。
こちらは「七つの海~」と少し変わった趣向のミステリになっていますが、「七つの海~」が気に入った方はぜひ。

こっちもそのうち再読したい。

!注意!ここからネタバレありの感想です。

ネタバレあり感想

最終話を除いた六話の中であえてひとつ、好きな話を選ぶとしたら、第二話の「滅びの指輪」を挙げます。

戸籍がない少女、浅田優姫が、父親から性的虐待を受ける少女、三条美寿々と入れ替わるお話です。

優姫が実は美寿々だったなんて!優姫(本当は美寿々)の言動に引っ掛かりを感じたり、保護される前の生活の中でもう一人の存在を感じたりしつつも、入れ替わっているとは想像もしなかったなー。

立場は違っても自らの境遇に苦しんでいた少女たちの決死の決断。児童養護施設を舞台とするからこそのトリックだと思います。(あえてトリックと捉えて)

優姫の正体が分かっても、春菜と海王さんが周囲に真実を黙っているところもよかったです。「真実は人を幸せにするものだ、とわたしは思います。」という海王さんの言葉は、真実といえどそれに従う必要はなく、真実は幸せの方向を示すためのもの、ということと解釈しました。

さて、群像劇の最後を締めくくる第七話のお話をしましょうか。

第六話まで、春菜の友達としてたびたび登場していた佳音ちゃん。第七話では、彼女が、第四話「夏季転住」で俊樹の前に現れた「小松崎直」という少女だと判明します。

彼女の正体はそれだけに留まらず、他の短編のすべてで、物語の陰にちらちらと現れていた謎の少女だということも明らかになります。

それまで、「佳音」は春菜の友達として読者と一緒に謎を考える立場にあり、完全な部外者として位置していました。

それが、第七話で突然の転換。「意外な犯人」ではないけれど、それに近い衝撃がありました。部外者だった人物が、突然物語の核心に近い人物に転換する。殺人事件を扱うミステリでは王道ですが、いわゆる日常の謎でやられるとは、油断した。

たしかに、一話~六話では最後まで謎が残る部分があり、すっきり解決した事件はなかったものの、「不思議なことは不思議なままでいいよね」という作品のスタンスにミスディレクションされた形。作品の雰囲気として、そういう解釈をすることが自然すぎるあまりに、七人目の存在を疑うこともありませんでした。

(第六話のメールのくだりで、佳音がトンネル事件に絡んでいることには薄々気づいていたけど、第六話どころか全話に登場していたとは、大胆なことをやりおる……。)

「頭を殴られるような衝撃」を感じるミステリっていくつか存在しますが、この方向から、しかも結構な重量の鈍器で殴ってくるミステリは他に知らない。

あと回文ね。おいおい、どれだけ仕掛けているんだ七河迦南!と言いたくなります。冒頭の覆面作家の話に戻ると、ベテラン作家がこの回文をやりたかっために「七河迦南」名義で作品を発表したと思われても仕方ない。

またラストもいいんですよねー。

青空の元の駅伝大会。そこに集った誰もが幸せな瞬間を過ごしている。これまでの七つの物語で照らされた希望と、これからの七海の行く道を照らす星。

小松崎直こと佳音ちゃんが、すれ違った俊樹に気付いたのか気付いていないのか。読者としては気になるところだけど、今が幸せな彼女にはどちらでも同じことなのかもしれません。

改めて感想をまとめてみて、やっぱりいい作品だなとしみじみ。

再読にも関わらずほぼ内容を忘れていたおかげ(笑)で、また楽しむことができて嬉しい限り!

こんなに楽しい読書はそうそうあるものではありません。贅沢な時間を過ごさせてもらいました。

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