龍神池の小さな死体/梶龍雄

ツイッターで何度も名前を見かけ、ミステリ読みの仲間からも面白い聞いていたものの、古書価格が高騰して半ばあきらめていた幻のミステリ『龍神池の小さな死体』。
トクマの特選レーベルで復刊となりようやく読むことができました。

ネタバレなし感想

“この物語に騙されるな!”

無数に仕掛けられた伏線が大逆転を呼ぶ!

「お前の弟は殺されたのだよ」死期迫る母の告白を受け、疎開先で亡くなった弟の死の真相を追い大学教授・仲城智一は千葉の寒村・山蔵を訪ねる。村一番の旧家妙見家の裏、弟の亡くなった龍神池に赤い槍で突かれた惨殺体が浮かぶ。龍神の呪いか? 座敷牢に封じられた狂人の霊の仕業か? 怒涛の伏線回収に酔い痴れる伝説のパーフェクトミステリ降臨。

https://www.tokuma.jp/book/b604084.html

時は昭和四十三年。弟の秀二が疎開先で亡くなったのは戦中から戦後にかけての混乱のさなかの出来事で、疎開先で死んだらしい弟の死の真相を探るべく、智一は秀二が疎開していた鶴舞を訪れる。閉ざされた田舎で起きた過去の事件を追うというノスタルジックな展開がたまりません。

母親の死の間際の一言を受けて、弟の死の真相を探る前半と、それを邪魔するかのように智一の周辺で事件が起き始める後半。バラバラの紐を繋ぎ合わせて一本のロープを編むように、過去と現在をつなぐストーリーが現れるラストは見ものです。

本格ミステリには、トリック重視でストーリーは深く作りこまない場合と、ストーリー重視でトリック自体は複雑でない場合があります。本書はそのバランスが絶妙で、ストーリーとして面白い一方で、かなり複雑なトリックを成立させているのが魅力だと思います。
弟の秀二が亡くなった過去の事件は、戦中の暗い雰囲気が弟の死にまつわる不穏な影を色濃くしていますし、智一が鶴舞で弟の死の真相を探る現在では、同調圧力的な空気の田舎、大学教授である智一の研究、そして社会情勢として大学闘争まで絡んできます。
こういったどっしりとした舞台の作りこみがあって、その上にトリックの伏線とミスディレクションが堂々と読者の目の前を通過していきます。本書の帯に「無数に仕掛けられた伏線」とあるように、よくこんなに盛り込んだなぁというくらい、いろいろ仕掛けがしてあって、それらの謎が次々と解ける終盤の推理劇には惹きこまれました。

作者がこれでもか!と仕掛けた謎に大いに惑わされ、騙されてとても楽しい時間でした。トクマの特選レーベル復刊してくれてありがとう!次のカジタツも期待しています。

ここからネタバレありです!

ネタバレあり感想

智一が錯乱したラストは賛否両論ありそうですが、血のつながりに言及したかった作者の意図を考えると、あの展開が必要だったのかなと思います。
兄弟ともに人殺しであっただけではなくて、身勝手に自分の目的に執心する(本文でいうところの狩人の本能に浮かされる)人物、という図式で、血のつながりがさらに強調されたラストになったと思います。
(麻子が二人に使い走りにされる点でも似ているよね、、)

でも、智一が秀二の実の父親である大熊を殺す動機はよくわからなかったな。顔もよく覚えていないと言っていた弟の実の父が、智一の父の憎き敵だったからと言って、あの会話で殺意まで抱くものだろうか。(智一が大熊に会いに行った時、彼はまだ秀二が生きていると気づいていなかったはずなんで、秀二への思い入れは変わっていなかったと思う)
それよりも、母親が憎い存在と深い仲であったという事実を消したかったという方がしっくりきます。まぁそれはそれで、母親が抱えていた闇を受け入れられず人を殺してしまう成人男性、という図式がちょっと気持ち悪くもありますが、、

この作品の個人的ハイライトは、秀二がこれまでの過去を振り返って、心情を吐露する場面。彼の気持ちを考えると胸に迫ります。こっそり仲城家に行って母親と兄がごく普通の日常を過ごしているところを見てしまった秀二の絶望感はいかに。。
そんな絶望の底から、兄に復讐するためとはいえ大学教授にもなって、、たくましすぎて、犯人ではあるけど登場人物の中では一番好きなキャラクターです。

解説で三津田信三が書いていましたが、梶龍雄は青春小説風のミステリも書いてるんですね。龍神池の気配から察するに、きっと青春小説に振り切った方も面白いんだろうなぁと期待です。同レーベルの「青春迷路ミステリコレクション」を楽しみに待ちます!

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